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新しいもの古いもの人の思い

雑感

2013年07月02日


最近、長年乗っている自動車の車検更新を行いました。
11年間使用しているトヨタ乗用車(オーパ)ですが、マフラーの取り付け部の2箇所で支持している部分が、腐食で一箇所が破損、この状態では車検は通らないと言われ、マフラーの交換が必要になりました。

この部品は、メーカー純正のものでさらに対象の車は、
5~6年前に製造中止になったもので部品代が、20万円を超え、
車検費用をふくめると約40万円かかりました。

最近の燃費の良い新車を購入しようとも思いましたが、
長年付き合ってきた思い出のある車で愛着があってどうしても手放す気持ちになれませんでした。


ここである人からこんなアドバイスがありました。
“車は、消耗品なので安全性を考えると新車に乗り換えた方が良い。
最近の車は安全性が向上、安全を考えるならば絶対新車にしたほうが良い。
同乗する人も安全性に不安を持つことがあるよ” 

確かに10年前に比べたら安全性、及びその経済性は一段と向上していることは良く分かります。
しかし、私自身、2つの点で疑問を持ちました。
それは、古い車は不安全なのか、車検制度はその安全を確保するためにあってそれで車の安全性が保たれているのでは、いわゆる古いものでもその保守、維持管理をやっていれば安全は保たれる。
これは、『メンテナンスの安全』に関係するもので最近の笹子トンネルの崩落事故もその典型的な例と言えます。
私自身、安全規格のコンサルタントとして新製品の開発現場での規格・技術のコンサルを仕事としている立場からこの長期使用でのメンテナンス安全の問題は、興味を持っています。

世の中の多くの製品、また社会インフラは長期間の継続的な使用で維持管理が要求されています。
古いものと新しいものが混在して、それらがうまくバランスよく共存することが特に重要になっている現在、今後、この問題に真剣に取り組んで行く必要があると思いました。

もう一つの点は、”人の思い”の部分です。新しいものは、確かに便利ですばらしいものかも知れませんが、それだけではないものがあるように思います。私の車は、この約10年間、仕事、プライベートの面で活躍、パートナートして苦労を一緒にして来ました。この車を廃車したらどうなってしまうのか、中古車として他の人の手に渡るのか、それとも廃棄されるのか、ちょっと考えると余計なことかも知れませんが、その寂しい気持ちは否めませんでした。車にも人と同じように動けなくなるまで最後までその役割を全うすることを望んでいるのではないか、自分の相棒としての愛着を持つのは私でしょうか?
効率を優先する社会、生き方、これだけでは満足できない大切な何かがあるように思いました。